桜の蕾が膨らみはじめ
春うららの最中
再び大寒波がやってくるという週末に
久しぶりに旅にでた。
4月1日に異動が決まっており
仕事と課題が山積みの年度末3月にである。
この頃の、私の不穏さは
職場の空気を悪くしていた。
恐る恐る声をかけてくる上司に対し
その一言一言に冷えた声で返すか、
噛みつくか2択の日々が続いているためだ。
こんな自身の過剰反応に、自分も疲れていた。
心の鍛錬ができる場所に行ってみたい
その一心で選んだのは高野山だった。
眠れない夜中のネットサーフィンで
手頃な宿坊がちょうど一部屋空いていたのを見つけ
わたしはすぐに予約して、次の日ガイドブックを買いに行った。
旅行当日は、予報どおりの寒波で
気温がぐんと下がっていた。真冬用のダウンにヤッケ、足元はゴアテックスの登山靴、通勤用の小さなリュックサックに必要最低限の荷物だけ詰め込み始発新幹線で小倉駅を出発した。
新大阪から御堂筋線でなんばへ。
なんばから南海高野線特急こうやに乗り換え極楽橋駅へと向かう。
極楽橋駅から、朱色の極楽橋が見えたが、あの橋が高野山の結界だそうだ。
沢山の観光客を予想していたが
特急こうやの乗客は少ない。
極楽橋駅から高野山ケーブルカーに乗車した際、急に外国人で満員になったものの
高野山駅に着き、バスに乗り換えると、
あの外国人はどこにいってしまったのか不思議になるほど閑散とした。
まずは「高野山観光情報センター」に寄って
お勧めルートを聞いてみる。
ここも、お客は私一人であった。
観光センターのスタッフが徒歩で回れる最適ルートと
写真スポット、今から食べるランチのオススメ店を
丁寧に教えてくれた。
スタッフ2名の内一人は外国人で
「nice shose&coat!」と私の重装備を褒めてくれた。
その後流ちょうな日本語で「今日は雪が降るから。その格好は正解です。いいね。」と重ねた。
宿坊の食事は精進料理が出るため
ランチは精進料理じゃないところがいいかと聞かれたが
精進料理を所望した。
観光情報センターから霊宝館へ
「弘法大師の肉筆書状」があると聞いて行ってみたが
それがどれかはわからず、あったかどうかもわかならい。
ただただ、間近で見る木彫りの仏像に圧倒された。
歴史の長さと深さを感じ
彩色に血を使用したという
人の行いの生々しさや業や
神仏への帰依を感じ入った。
蓮池から回り
金堂、壇上伽藍、西塔、根本大塔、金剛峯寺と
左回りで参拝した。
人はちらほらとしかいない。
曇天の中、ゆっくりゆっくり見て回った。
宿坊は、金剛峯寺近くの福智院であったため
金剛峯寺を参拝した後に宿坊にチェックインした。
歴史のあるお寺なので
広い廊下はよく磨かれており
黒く光っている。そして日本家屋特有の寒さがある。
しかし、私の泊まる部屋は、最近改装したらしく
和室と洋寝室のある高級旅館のようであった。
2階で窓にかかる障子をあけると
美しく手入れされた中庭が見える。
大浴場は入浴可能とのことで
すぐにお風呂に向かう。
ここでも、私はひとりであった。
夕方から雪が降り出し
窓から見える木々を白くしていく
「明日帰れるかな。」独りごちしながら
しんしんと降り続く雪に埋もれていく中庭を見る。
夕食は回廊に囲まれた大広間で
ついたてで仕切られた場所に
膳が並んでいた。
膳は廊下側を正面にして置かれており
後ろの並びの人とは背中合わせになっている。
膳の数は思いのほかたくさん並んでいたが
座って食事をしていたのは
数人であった。
食事は上品でおいしかった。
味噌汁は白味噌仕立てで
昆布としいたけでとっている。
コクを出すために豆乳も使っているとのことだった。
体の中から浄化される気がする。
写経体験は夜のオプションとなっており
その日の体験者は5名。
写経室に指定された時間に行き
そこにいらっしゃった僧侶にお金を払うと
写経用の用紙と筆ペン、参加記念の数珠を渡された。
僧侶は、お金を確認しさっとクリアポーチにしまうと
「では」と行ってしまわれた。
お習字は久しぶりである。薄く書かれた般若心経を筆ペンでなぞっていく。いろいろな雑念が湧き上がっては消えていった。
気がつくと
親子らしい3人はすでに書き終わって部屋に帰っていた。
書き終わった写経用紙は、お寺に奉納していただけるということで
正面のお盆に置いておくことになっていた。
多少の習字の心得がある私は、自分の書き終わった用紙を少し得意げな気持ちでお盆に置きにいったが、すでに置かれた写経の字の素晴らしさにため息がでた。
ささっとしたためて退出した親子がこんなにも達筆であることを
想像もしなかった自分の傲慢さがなんだか恥ずかしい。
翌朝朝の勤行に参加する。
朝本堂に向かい座っていると、どこにいたのかと思うほどの人が本堂に入ってきた。広くない本堂は人でいっぱいになり、ぎゅうぎゅうのまま座って朝のお勤めを行う。この旅一番の人を見た。
宿坊を早めに出立し、女人堂、奥の院へ。
雪は残っていたが、交通機関をマヒさせることもなかった。
はたして女人堂は私一人であった。
高野山は不思議な場所であった。
細長いエリアにたくさんの仏閣が並ぶ
神仏習合のなごりで寺院と鳥居が混在する。
どこに行くにも何をするにも拝観料や料金が必要であり
観光地のようなイメージも持ったが
ここにしかない独特の空気はある。
帰りの極楽橋駅に羽の形の絵馬を奉納するスポットがあったため
100円を払って絵馬を書いた。
「心の鬼がしずまりますように。」
そう書き付けて
また来たいと手を合わせた。